No.6 バンドの始まり「MとKとYとS」
志望校の武生高校に無事合格したのだが、ちょっとした問題があった。
うちで経営しているスナック『香り』の常連の多くは、これから行こうとしている高校の先生達なのだ。中にはかなり頻繁に通ってくれて、『ナニナニちゃん』みたいに呼ばれていた先生も何人かいたくらいだ。もちろん僕にとっても『ナニナニちゃん』なのだし、ただの酔っぱらいのお客さんである。それが明日から先生と云われても~~?。でも本当に困ったのは先生達だったらしい。何人もの先生に耳打ちされた。『学校であんまりしゃべんなよ~』
まあ入学前から弱みを握っていたとも云える訳だ。
そんなかんだで入学。案の定 担任は旧知のS先生だし他のクラスの担任方も顔見知りの人たちで、始めて出会う人が多い生徒より先生のほうが友達みたいでなんだか不思議な感じだった。
ともあれ僕にとって高校生活はミュージシャンになる一つの過程であってお勉強の場所ではなかった。とうぜん選択科目は音楽をと思っていたのだが、授業見学で見る限り、みんなで歌いましょう的で『ここはコーラス部か?俺が習いたいのは音楽理論や楽器についてであって何か違う』と思い、うっかり美術を選択してしまった。でもなんとか音楽に接していなければ!と思いブラスバンドを覗いたが、期待が大きすぎたせいかそこには理想とするバンドはなく始めて楽器を手にしたような初心者の集まりに見え入部を断念。けっきょくすぐ近くにあった母校の三中のブラバンを教えにいくことにした。
中学のブラバンは僕たち先輩達が頑張った成果でかなりレベルも高く快く僕たちを歓迎してくれたのだったが、舞台に立てるわけでなく演奏への思いがつのるばかりだった。
けっきょく秋口には高校のブラバンに入ることにした。しかし物足りなく充実感のない毎日を過ごしていた。
通学の時は左手にぺらぺらの学生鞄、右手にギターが僕のスタイル。もちろんブラバンの部室にもギター。僕は部員の中から洗脳されやすそうなやつを物色し始めていた。目標はエレキバンド。そしてまずK川をだまし、次にY内そしてS木を引きずり込み、練習の終わったブラバンの部室で特訓が始まった。それはほんとうに幼いモノだったが充実感に溢れていた。
ついに自分のバンドの小さい炎がそこに灯ったのを感じることができたのだ!!!

