合歓音楽院に入って最初に安心したことは、二人部屋のパートナーに恵まれたことだった。彼はとっても温厚でやさしいベーシスト。合歓の郷から割と近くの伊勢市の出身で僕より緊張感がなくて、なんだか楽な感じでいてくれた。
まして実家が近いこともあってコレクションのLPレコードをいっぱい持って来ていたのだ。彼のコレクションはソウルミュージックや、ブラックミュージックなどのジャンルで僕が聞いて来たジャズやロックとは似て違うジャンルだった。
彼は毎晩気に入ったレコードを聞かせてくれた。これによって今までワンマンバンドをやっていた僕がリードギターよりもバッキングのギターに興味を持つ事になったのだ。
 当時、生徒達は朝早く押さえれば一戸建ての練習棟をリハーサルの場所として使えたのだが、それ以外の個人の練習場所として気に入った場所があった。それは寮の階段!なぜかというと、リズムギターの練習をするときにちょうどいい加減の残響がかかってとてもいい気持ちになるんだよ!それこそ無我夢中でリズムの練習をしたものだ。
 音楽院の授業は今から考えるととても興味深い内容だった。実践的な音楽の授業の他に英会話などもあったのだが、僕が一番印象的だったのは、ディスクジョッキーとして草分けだったオールナイトニッポンの名司会者の糸井五郎さんの授業だった。彼の秘蔵コレクションの中の色々なアーチストのライブフィルムの「映写会」を数多くやってくれたり、バンド演奏に対するサジェスチョンを与えてくれた。
実践的な音楽の授業もかなり濃い内容で、きれいに譜面を書くところから、コードプログレション、4Voiceのアプローチなど、19歳としてはかなり難しいところまでいく内容だった。しかし僕としては、いくら全国から集められた優秀な音楽家といっても、全校生徒40人ぐらいの中で満足いくサウンドを作ることよりも、未知の世界に憧れる気持ちのほうが日増しに大きくなってくるのだった。