No.8 「僕の部屋」
ブラスバンドの練習後、部室での僕らのバンドの合奏は、すぐさま他の部員の冷たい目に耐えられず、スナックの2階の僕の部屋に移った。しかしギターアンプもベースアンプもないわけで、部屋にあったステレオのマイクインに3本のエレキをぶち込むという暴挙に走るしかなかった。もちろんドラムセットもないので、学校から借りてきたスネアとシンバルだけという状態だったが、それでも十分に楽しく入り込んでいた。ところが数日たったある日ステレオから煙がでて息の根が切れた。うんともすんとも云わなくなった。いきなりの窮地だったが、ぐうぜん物置で拡声器のスピーカーとアンプを見つけた。しかもアンプにはインプットが三つも付いていた。試しにギターのジャックを入れてみた。やった!音がでた!でも、、、拡声器のスピーカーだとロー(低音)がなくてチーチーな音、でもしょうがないから3本つないだ。音は出る、しかもかなりでかい音、でもベースなんか何やってるかわかんないヨ〜。それでスピーカーボックスの製作だ。といっても小さい頃親戚からもらった五月人形の兜の箱にこれまた偶然見つけた30センチのスピーカーを入れただけのキューブ型のボックスだった。拡声器と比べると雲泥の差だったが、これもいつまで持つやら、びくびくしながらの練習が続いた。
一日も休まず練習は続き、僕らはブラバンを辞めた。いつのまにか僕の部屋はメンバー以外の仲間達も毎日通ってくる様になり、僕が学校から帰ったときにはすでに数人の友人が部屋にいた。ある日なんか僕が帰ると知らない外人が居たこともあった。聞いてみたら英語のK先生(スナック香りの常連)が松原んちに行ってみろと言ったらしい。ひげもじゃの外人はアメリカの高校生で僕らより一つ若くて、なんと世界旅行の途中にK先生をたずねて日本の田舎まできたらしい、たったひとりで。
おそるべしアメリカ人!いつしか僕らは彼を尊敬のまなざしで見ていた。彼の家は牧場と農業で地平線までジブんちで自家用飛行機があり自分はハーレーに乗っているらしい。ちなみに僕はダックスホンダの50ccだった。僕の心の中にある言葉が浮かんだような気がした『少年よ大志をいだけ』
僕らは話し合い、目標をたてた。バイトしてアンプとドラムを個人個人で手に入れようと。
バイトさがしが始まり、僕は店のお客さんで大工の福ちゃんの下働きに行くことになった。

