ネム音楽院入学から米軍キャンプそしてハコバン時代と書いてきたが、これが19歳のたった1年間の話である。僕にとって人生の中で一番の転機の時期だった。とにかくまがいなりにもプロミュージシャンの端くれになったのだからネ。

時期は前後するが米軍キャンプバンドをやっていた1月か2月の頃、始めてスタジオでのレコーディングの仕事を戴いたのだ。内容は映画の劇番(劇中に使われる音楽)の録音で勝新太郎主演の「御用牙」という映画だった。当時の僕は車も持ってなかったのでバイブロソニックというかなり重いギターアンプとギター、そしてちょっとしたエフェクターを電車ではこび「アオイスタジオ」というその当時でもかなりの歴史のあるスタジオに入った。大きなスタジオの出入り口の横にギターのセットをして、ふと横を見るとそこにはなんと勝新太郎本人が立っていたのだ。圧倒的な存在感だった。自分がエラくなったような気さえした。

当時は同録(すべての楽器類を同時に録音すること)だったので何十人ものミュージシャンがスタジオにいた。指揮者が所定の場所に立ちスクリーンに映し出される映像に合わせて録音する、しかもその日一日で映画に使用されるすべての曲を録り終えるのだ。譜面台に積まれたたくさんの譜面に唖然とするのであった。

そしてついに最初の曲の録音が始まった。譜面の冒頭にGuit. Soloと書かれていたので、夢中にアドリブソロを弾いていた。曲が終わると「OK」と書かれたランプが点灯、僕は不安になりアレンジャーの人に「だいじょうぶですか?」と聞くと「ソロは最初の8小節のつもりだったけどOKが出てるからいいんじゃない」と言われどっきり!僕は曲の最初から最後までソロを弾いてしまった。赤面赤面‥‥‥‥。

その後は解らないことはアレンジャーに尋ねながらなんとか録り終えることが出来たが、かなり遅い時間になっていた。ギターをかたずけて外に出ると一面の銀世界!僕はギターアンプを押しながらトボトボ地下鉄六本木駅に向かい歩き始めた。ようやくアマンドの横の坂道にさしかかったのだが、路面は完全に凍結していてなかなか登れない。体をほとんど寝かすようにアンプを押しながら坂をのぼっていくのだが、五、六歩いくとずるずると滑り落ちる、気を取り直して押し始めてもまた滑り落ちる・・・。たった数十メートルの坂道を1時間以上かけて登りきり、やっとの想いで駅に到着した。が、なんと雪のために電車はストップ。僕の疲労は肉体的にも精神的にもピーク。アパートに着いたのは完璧に明るくなってからだった。こうして長くて忘れられない日は終わった。